2022.01.19
仕事とプライベートを両立させるコツは すき間時間の有効活用とメリハリ
コラージュとは、新聞や雑誌、写真などさまざまな素材を貼り合わせ、一つの作品として表現する現代絵画の技法のことです。コラージュ・アーティストとして活躍する井上陽子さんの作品は、コラージュの元となる素材から手を加えていき、大胆さと繊細さが絶妙にバランスのとれた唯一無二の世界観を作り出しています。今回は、独特の世界観で多くの人を魅了している井上さんのアトリエ兼ご自宅にお伺いし、ライフスタイルへのこだわりをお聞きしました。
INDEX
【1】この家は自分たちが育てていくという初めての感覚
井上さんのアトリエ兼ご自宅は、東京郊外の住宅街の一角にあります。1階に井上さんのアトリエがあり、2階がご主人との住居スペースになっています。アトリエは、前の住人たちがギャラリーや美容院として使用していたらしく、天井が高く開放的。大きな窓には隣の公園の緑が美しく映え、とても居心地のいい空間です。
井上さんがこの家に越してきたのは、新型コロナウイルスの感染が拡大し、初めて緊急事態宣言が出された2020年春のこと。予定していた個展も軒並み中止となってしまい、井上さんはぽっかりと空いた時間を利用して、アトリエの壁や家具などの塗装に勤しみました。
「個展などが中止となり、気分も凹みがちでしたが、黙々と作業することで気分も紛れました。そのときにふと思ったのですが、家は体の延長のようなものだということ。ペンキを塗ったり、家具を磨く作業が、まるで自分を磨いているような、そんな感覚がありました。私は常々“自分を育てるのは環境”と思っているのですが、この家も同じように自分たちで育てていくのかなぁと、これまで感じたことのない気持ちになりました」
この家を選んだ理由は、長い時間をかけて、ようやく見つけたこの家は、アトリエとして使えるスペースがあったことと、隣に大きな公園があったことだと話す井上さん。前の家にもアトリエはあったそうですが、住居と完全に分離していなかったため、創作中に出る紙の屑や汚れた画材が気になり、ストレスを感じていたことも。また、当時は井上さんご自身がアーティストとしての転換期を迎えていたときで、もっとのびのびと創作に勤しめる場所を求めていました。長い時間をかけて、ようやく見つけたこの家は、アーティスト・井上陽子の第二章の始まりにはぴったりな家だったのです。
「この家に引っ越してから、アトリエや家の窓から隣の公園の景色を眺めることが日課になりました。とても気持ちいいんです」
【2】生活を豊かにするために時間を効率よく使う
井上さんが手がけるコラージュ作品は、ただ素材を貼り合わせるのではなく、自ら筆を持ち、感情の赴くままに絵や文字を描き、色を重ね、ときには金属を削ることもあります。私たちが想像するよりも遥か多くの工程を経て、1枚の作品を仕上げています。
「コラージュは即興です。画角の中に絵を描いたら、そこに紙を合わせるのか、別の色を合わせていくのか。切って貼った後にサンドペーパーでこすったり。私の中では1枚の絵を描くことと変わらないですね」
これまで個展前ともなれば夜中まで作業を続け、アトリエ内は足の踏み場もなかったそうですが、この家に引っ越してからは仕事にメリハリが生まれてきたといいます。今は夕方6時に仕事を切り上げるため、それまでの限られた時間内で作業を終えられるように、仕事の質を上げることを意識するようにもなったそう。
「夜遅くまで仕事をしなくなったので、その時間に絵のための本を読んだり、アイデアを考えたりしています。私のアイデアの源は日常のあらゆるもの、たとえば、映画や音楽、食べ物、旅行などからヒントを得ることが多いので、そういったインスピレーションを育む時間がとても大事なのです。なかでも、旅は私の創作活動に大きな影響を与えてくれるものですね」
でも、今は海外渡航が難しい状況なので、井上さんは公園を散歩したり、2階リビングの隣にある洋室でご主人と一緒に映画を観たり、アーティストとして活動する友人たちとお茶をしたりと、日常生活の中で作品のインスピレーションを探しています。
それでは、井上さんは仕事とプライベートをどう切り分けているのでしょうか?
「もともと仕事とプライベートの境目があってないようなものでした。私は飽きっぽいこともあって(笑)、仕事の合間に家事をすることが苦ではないんです。だから、仕事に飽きたら、ご飯の準備をしたり、美味しい物を食べたり。料理の合間にも英会話の勉強もしますし。早くのんびりしたいので(笑)、時間を無駄にしないようにしています」
【3】お互いに依存し過ぎない、それが夫婦の暗黙のルール
ご主人と結婚されて11年が経つという井上さん。今も変わらず、ご夫婦の仲がいいのは、井上さんとご主人の間で暗黙のルールがあるから。それは相手に依存しないことです。
「以前、主人に『他人は変えられないから』っていわれたことがあるんです。確かに、私も自分を変えるつもりもないし、変えようとも思わない。だから、主人は私の仕事に関しては何もいいませんし、私も主人の趣味に関しては口を挟まないようにしています。よっぽどのことがない限り(笑)。私たちは、相手に無理に合わせるのではなく、それぞれの得意分野でお互いを支えている感じですね」
最近のアート人気の高まりもあって、井上さんの作品は個展や展示会だけでなく、インテリアショップなどでも手にすることができます。ほかにも、これまでに制作したコラージュ作品が、ノートやCDジャケット、着物やテキスタイルなどに形を変えて、さらに多くの人たちの元へコラージュの魅力を届けています。
「インテリアショップでの販売は、井上陽子という作家ありきで選ぶのではなく、この作品を家に飾りたい、空間に合うアートが欲しいという視点で選んでくれるので、とても嬉しいです。アートがあるだけで、生活が豊かになると感じる人が増えているからでしょうね。またコラージュが1枚の布になって、洋服へと仕立てられていったのは、私自身もすごく新鮮でしたし、面白かったですね」
最後にこの家をこれからどうしていきたい?と尋ねると、井上さんは「少しずつ手を加えながら、自分にとって心地いい場を追求していきたい」と答えてくれました。そのために苦手な掃除を克服したり、すき間時間に晩御飯の魚を下ろしたり、チキンを煮込んだり。仕事も家事も気負わず、今できることを自分のペースで楽しんでいきたいと話します。
井上さんが初めての感覚を味わったと話すこの家は、アーティスト・井上陽子の第二章の舞台でもあるとともに、井上さんとご主人の人生のセカンドステージを彩る場所となります。これから井上さんとご主人が少しずつ手を加えていくことで、ますます心身ともにフィットするような住まいへと変化していくことでしょう。
監修・情報提供
井上陽子
家族構成:夫婦
居住形態:戸建て(築30年)
【プロフィール】
コラージュ・アーティスト。1975年滋賀県生まれ。東京在住。京都造形芸術大学芸術学部美術科洋画コース卒業。紙とドローイングを組み合わせた作品は、偶発性や自然に生まれるリズムを大事にすることで生まれる。著書に『写真と紙でつくるコラージュ』『コラージュ図案帖』(どちらも雷鳥社)や『コラージュのおくりもの』(パイインターナショナル)がある。ほかにも、書籍の表紙や雑誌、雑貨やCDジャケットなどにも作品を多数提供している。2022年春、10年ぶりとなる作品集が「主婦の友社」から刊行予定。
【リンク】
ホームページ http://www.craft-log.com/
インスタグラム https://www.instagram.com/atelier.craft_log/
編集・執筆:石倉 夏枝
撮影:大崎 晶子
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